いつでも。
いつでも、傍にいてくれる、なら。
『ALWAYS.』
「はあ〜。いったいどこまで進んじゃったんでしょーね、かごめさま。」
「やっかましいっ。」
「やかましい、じゃないでしょう。お前が怒らせるから、たった一人でこんな森の中に入ってっちゃったんじゃないですか」
「……。」
反論の余地は、犬夜叉にはなかった。
犬夜叉と弥勒は全く見知らぬ森の中、一応踏み固められてそれと識別できるような小道を辿ってきている。何でそんなことをといえば、弥勒の台詞でも既に判ること。
かごめと犬夜叉が喧嘩して、あろうことかかごめの方がつむじを曲げ、一人すたすたと薄暗い森の中に分け入ってしまった。で、行方知れずと言うわけだ。
「できれば、実はもう帰っていて珊瑚と雲母の所にいてくれてるって方が有り難いんですけどねぇ…たとえ、この捜索が骨折り損になったとしても。」
「けっ……」
それは犬夜叉も同じ。どうか何事も無く、いて欲しい。一応弓は怒りにまかせて握りしめたままだったとは言え、野党にでも絡まれたら流石に矢を射るわけにもいかず抵抗できないだろう。焦りがつのって、歩調が自然と早くなる。
「あ。」
「ん?」
二人同時に、足を止める。
「……分かれてますなあ。」
二股の、分かれ道だった。
「……どっちに行く?」
「臭い、分かんないんですか?」
「…この森、臭いのきつい薬草の群生地みてェでな……鼻、利かねーんだよ」
暫し、沈黙。
「…別れましょう。私は右、お前は左。」
「おう。」
二人は再び動き出す。
どうしよう。どうしようか?誰に問うでもなく、胸の中で反芻する。
かごめは、弾む息を必死でかみ殺し、登った木の葉の陰に潜んでいた。
「どこに消えやがった、あのアマ。」
「まだその辺にいるはずだ、探せっ!」
弥勒たちの危惧はドンピシャリ、しっかりと野党に追われているのである。
助けて、犬夜叉。
目尻には涙が、脳裏には銀色の髪と深紅の衣が浮かぶ。あんなに腹が立っていた相手なのに、いまはどう必死に頑張ってみても犬夜叉の顔しか浮かばない。
「……ッ…!」
その瞬間、涙をこらえようと力んだ弾みで、カサッと傍の葉が音を立てた。
「!」
「おい、なんかこの辺から音がしたぞ!」
「いやがったぜ、木の上なんぞに隠れてやがる!!」
血の気が引くのが分かった。
「あ………」
「ホラ、降りてきな。どのみち捕まる運命だったんだからよ」
じりじりと、野党の泥にまみれた手が迫ってくる。相手が登ってきているのだ。
「……やだっ」
涙が頬を伝う。頭では無駄と分かっていても、呼ばずにいられない。
「やだっ…犬夜叉、助けて――っ!!」
「へっ、助けなんか呼んだって無……だ!?」
その瞬間、勝利の笑みを浮かべていた野党の顔が、歪んだ。
「………?」
もう自分の足に触れてもいいはずの手が、何故か伸びてこない。ぎゅっと閉じていた目をそっと開ける。
見えたのは、地面に白目をむいて仰向けに倒れている野党と、その腹をとどめとばかりに踏みつけている、見慣れた黒い着物と袈裟姿だった。
「……すいませんね、犬夜叉の奴じゃなくって。」
にっこりと笑った顔は、いつものそれと寸分変わりなく。
どこか、ほっとさせる笑顔。
「……み…弥勒、さま……」
「てっ、てめえなにもんだ!!」
「坊主のくせに、何を……」
「坊主じゃありません、法師です。」
即座にどうでもいいようなことを訂正してきた、この時代には異様な有髪法師に、野党はただただ唖然とするばかり。そんな彼らに今度はかごめに向けた笑みとは別の、不敵で挑戦的な笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「第一、この場で否があるのはどう見てもそちら様じゃあ有りませんか?か弱き婦女子一人を多数で追いかけ、挙げ句、涙にすら反応もせずさらおうとした野党ども。と、そこへ現れて乱暴者を片づけ助けに入った仏に仕える者……。ねえ?」
「な゛っ……」
すらすらと言葉を並べてきた法師に対して、野党たちは開いた口をさらに大きく開けた。穏やかな物言いなのに、どうしてかいつものように乱暴に切り捨てることが出来ない。そうはさせないような、威圧感がどこかにある。
と、その時、野党の首領らしき一人が声を上げた。
「…へ、へっ!ごたく並べやがって!!あのなあ坊さん、俺たちにはそんな理屈は通用しねーんだよっ!!」
すると、呆けていたその他の人々も同調し始める。
「そ、そうだ。俺たちぁ野党なんだ、これが当たり前だ。」
野党だから当たり前とは屁理屈も良い所だが彼らにとっては確かな真実。
「こんな坊主一人に負けるはずねえし……」
「それに、どうやら金目のもんも持ってそうだな………」
「やっちまえ!!」
誰かが言ったその言葉が合図になった。わっと野党どもが一斉に襲いかかる。
そう、所詮野党達にとっては弥勒も毎日お経でも唱えているようなただの坊主。しかも見た目は華奢で、泥一つ付いていない綺麗な手をしている、どう見たって優男なのだ。
たとえ、中身がどんなに違っても。
「ったく、坊主ではなく法師だと言っているのに……。」
ふう・とまるで他人事のようにため息をつく。その仕草は余計に野党共を苛立たせた。なめんなよ・だの、ぶっ殺してやる・だの、様々な罵声が飛び交う。さすがに少しかごめが慌てた。
「ちょ、ちょっと、弥勒さ………」
「大丈夫。」
視線は走り寄ってくる野党たちから外さず、木の上から降ってくる少女の声に答える。
「すぐに済みますからねー」
「え゛?」
まさか風穴を開く気じゃないでしょーね、と心の中で呟いたが、それは杞憂に終わる。
一瞬間後、最初に弥勒に掛かってきた野党が、思いっきり鳩尾に一発喰らってまず倒れた。
「み、弥勒さまっ、錫杖は…」
「要りませんって」
答えながら、素手で野党どもをなぎ倒していく。いつの間にやら錫杖は道の傍らへと投げ捨てられていた。
体勢を低くし、突き出された槍の下に潜り込んで顎を一蹴。倒れ掛けたそいつの体を思いっきり蹴り飛ばして、ついでに横にいた奴も片づけて、合計三人。
次いで、後ろから振り下ろされた刀をかわし、刀の持ち主に後ろ向きのままざっと素早く詰め寄る。刀を握りしめている相手の腕に組み付き、ぱっと足を払って投げた。背後からの不意打ちを狙っていたらしいそいつは、ぐえっとうめいたきり動かなくなる。
「…ちょ、弥勒さまっ…すごっ……!」
かごめはだんだん格闘技観戦しているような気分になってきた。
これで四人、と小さく数えるも、まだまだ終わらない。投げた姿勢のまま、迫ってきていた野党に肘鉄を喰らわせて、その勢いで次に来たやたらひょろっとした奴を蹴り飛ばす。
「ちくしょう、なんなんだこの坊主ッ……!」
流石に、野党もこの法師の常人離れした喧嘩慣れに気付き始めたようである。対する弥勒は、未だ微かに笑みを浮かべたままだ。
「“なんなんだ”って………!?」
鋭く、微かに、風が鳴った。
「……ただの、破戒僧だよっ!!」
闇の中、微かな悲鳴だけが響く。
「……終わり。」
つ、とこめかみを伝った汗の滴を、軽く指先でぬぐう。
「数が多いだけに、やっぱりちょっと時間が掛かりましたね」
にこりと、いたずらっぽい満面の笑みをかごめに向ける。が、かごめはただため息をつくしかなかった。
「あのね、弥勒さま。……十分も経ってないと思うんだけど…」
「あれ、そうですか?」
言いながら、辺りを見回す弥勒。そこには多数の意識不明者と、かろうじて起きていながらも、畏怖の眼差しで震えながら弥勒を見つめている数人の野党たち。
そんな彼らに、すっと歩み寄って、
「ほら、私の気が変わらないうちにとっとと仲間みんな連れて、去りなさい。じゃないとちょっと苛ついた時とかに蹴飛ばしたりするかもしれな」
「ひいいいいっ!!」
弥勒の言葉を最後まで聞かないうちに、野党全員が怪我の割には素早くその場を逃げ去って行った。あとには、土ぼこりと静寂とかごめ・弥勒だけが残る。一応仲間同士の義理があるのか、気絶した者も抱えて行ったようだ。
「全く、小心なくせにすぐ付け上がって。いけませんなー、ああいう連中は……ああ、かごめさま。いい加減降りてきたらどうです?そこから」
「……。」
ふわふわした、いつもの優しい笑顔で手を差し伸べてきた弥勒を、思いっきり恨めしそうに睨む。
もっと、言いたいことがあった。だがそれは降りてからでも言えるし、実際、ごつごつした不安定な木の上にいるのはいい加減イヤになってきていた所だったのだ。だから、おとなしく従った。……の、だが。
「きゃあっ!!」
「か、かごめさま!?」
かごめは元々、木登りなど滅多にしない現代っ子である。この木に登れたのも火事場の馬鹿力というか何というか、弾みでひょいひょいっとやってしまっただけのことなのだ。
安全に一人で下りるなんて器用なこと、出来るわけがなかった。
どさどさどさっ!!暫し、埃と共に沈黙が下りる。
「……!いっ…。」
「…あ痛ぁ……かごめさま、ご無事で?」
降りようとした瞬間、ふっ・と足から支えが消えたのは、わかった。そして、それが自分が木から落ちたということなのも、分かった。それに、落ちた自分を弥勒が受け止めて、一緒に倒れこんでしまったのも、解った。
……だけど、自分の左足を劈く鋭い痛みと、そこから滲んで少しずつ滴を形作っていく赤いものだけは、しばらくよく理解できなかった。
「……いったぁ…い。」
「切ってますな」
自分の、独り言のようにも聞こえる小さな苦痛の呟きに答えるように、ひょい、と弥勒が傷の方へとかがむ。そこで初めて、かごめは、自分と弥勒がほとんど抱き合っているような体制になっていることに気づいて、少し頬が熱くなった。
「ああああのっ、弥勒さ……」
「ああ、これは失礼。かごめさまは犬夜叉のものでした。」
かごめの心を読んだように、ぱっと離れる弥勒。だが、会話の最後の言葉は、かごめが赤くなるには、はっきり言って十分だ。
「ちょっと、弥勒さまぁっ!!さりげなーく何言ってんのよ!!」
「とかいって、ちょっと嬉しそうに見えますが。」
「ああもうっ、だーかーらーっ!!」
「ま、冗談はこの位にして。」
いきなりとても珍しい神妙な顔つきになった弥勒に、なんとなくかごめも黙り込む。
「…落ちるときに、あの枝にでも擦るようにして切ったんですな…止血しておかないと。」
弥勒に言われて見てみれば、成る程、少し太めで尖った短い枝が、まるであつらえたように地面に平行に伸びている。
「……でも、救急箱置いてきちゃったし…このまま歩くしかない、よね。」
「それはやめた方がいいですよ。放っといたらあとでどうなるか分かりませんから」
そりゃそうだけど、と答えようとしたかごめだったが、次の瞬間ぎょっと目を見開いた。
正面に座って自分の足を見ていた弥勒が、びりびりと黒い着物の右袖の部分を、ためらいもなく破り取り始めたのである。
「みっ、弥勒さま!?ななな何して……」
「だって、なんか巻いとかないと後で膿んじゃったりしたら大変ですよ。今は手ぬぐいのような都合のいいものなんて何にもありませんし」
「ぬっ、布ならほらっ!あたしのこのスカーフっ……」
「女性の装身具は女性を美しく飾るための物、血に濡らすべきではありません。こういうのは美に関係ない男の範疇です。」
全くもって女ったらしらしい意見であるが、かごめにとってはそんな理由で断るなんて、実際驚愕以外の何物でもない。
でも、やっぱ女心はよく解ってるわよね、犬夜叉と違って。
「…それに、こーした方がつりあいは取れるんですよ。」
「へ?」
にっこりと笑いながら上げられた弥勒の両手を、じっと見る。すると確かに、右袖はたった今数センチ幅を破り取った後なのだから、左袖より幾分短くなっているはずなのに、両袖がほとんど同じ丈になっていた。もっとよく見ると、かごめのために破り取った右袖とは逆の、左袖までがあちこちほつれて、糸が垂れている。
まるで、破り取ったように。
「……もしかして…前にも、おんなじように破って使ったこと、あるの?」
「はい。まあ、その時はかごめさまではなく珊瑚でしたけど。」
やっぱり、と、ため息をついた。
この法師が犬夜叉に対してそんな気の利いたことをするとはちょっと想像がつかないし、七宝もここ最近怪我をしていたような覚えはない。
となれば、多少の怪我はすぐに隠し通そうとする珊瑚しかいないだろう。
「といっても、珊瑚の時はかごめさまよりもずぅっと大変でしたけどねぇー」
「え、大変って?」
「はい、どうぞ。」
かごめの問いには答えず、背を向けてひざまずいてきた弥勒に、かごめは今日何度目かも分からないが目を丸くした。
「…へ?あ、あの……」
「歩くの辛いでしょ。背負って行きますよ。」
「ええ!?で、でも、なんか悪いし……」
「大丈夫です、珊瑚を飛来骨ごと背負うよりは弓のほうがよっぽど楽ですから」
そういえば、前にみんなが幻影殺にはまっちゃった時、弥勒さま珊瑚ちゃんと七宝ちゃんと飛来骨、全部背負ってきてたっけ……などと昔の記憶を掘り出しているうちに、何時の間にかかごめは背負われていた。
「あ、あれ!?いつの間にっ……」
「諦めて大人しくなさい。そのうち犬夜叉も道違いに気付いてこっちの道へ来ると思いますから、それまでの辛抱です。」
「……。
」
弥勒の言葉どおりに抵抗を諦め、こてん、と体を背中に預ける。いつもの赤色とは違う、真っ黒い背中を見ていると、なんだか変な感じがした。
「…ねえ、弥勒さま。珊瑚ちゃんのときは大変だったって、あれ、飛来骨が重かったってこと?」
ほんの少し経ってからかごめが切り出した質問に、弥勒はのんびりと笑顔で答える。
「いいえ、さっきは弓の方がマシと言いましたけど、大きさから言って飛来骨よりもマシ・という事ですから。実際は、飛来骨は見た目よりずっと軽いんです。大変だったのは珊瑚本体の方ですよ」
「……?」
「まあつまり、なかなか大人しくなってくれなかったって事です。」
ああ、と頷く。言われてみれば、あの珊瑚がそう簡単に法師の着物を破ってまで手当てを続けさせたとは思えない。
「…まったく、あの娘は本ッ当に強情ですなあ。カマイタチに遭ったんですが、こんな物は怪我のうちに入らない、と言い張りまして。手当てもせず、ずかずかと歩いて行こうとするんですが……」
その時のことを思い出してか、くすりと笑う。
「目の前で右足を思いっきり引きずって歩かれたんでは、まあ放っておけるはずもないんでね」
その様子が目に浮かぶようで、かごめも少し笑った。珊瑚ならば、確かに当然そうするだろう。
「結局、必死でなだめてすかして、最後にちょっと厳しく言い含めたらようやく手当てをさせてくれましたよ。ほんとに大変でしたけど」
にこにこと微笑いながらその様子を語る法師は、何時になく明るく見えた。背負うものも忘れ、ただ、前を見ているかのように。
「……厳しく…かあ。」
「はい?」
空ろな声音で呟いたかごめに対し、何を言ったのかという風に聞き返す。するとかごめは、少し顔をそらしてから、小さく言った。
「…ちょっと、珊瑚ちゃんが羨ましい、かも。」
その言葉に、弥勒は丸くしていた瞳を更に丸くする。どういう意味なのか、よく掴めなかった。
「どうしてですか?何が…」
「だって犬夜叉は、あたしだけ見つめてくれるってこと、ないから。」
淋しそうに、だが吐き捨てるように、言った。弥勒の首に回していた腕の力が、少し強まる。
ああそうか、と思った。
この人の想い人には、遠い昔に想い合ったまま時を止めた、巫女が居る。
最後の最期に、憎悪と誤解を抱いて。
そんな相手とでは、この少女もなにかと不安になるのだろうな、と。
「……弥勒さまみたいに、ずっと見つめてて、くれたら。」
少女の目が、心なしか潤んだ。
弥勒の言った、何気ないたった一言。
“厳しく言い含めたら”
それは、真剣に相手を思いやってこそ出来るんじゃないかと、思う。誰より大事だから、他の何ものよりも失いたくないと思えるから。
でなければ、厳しくしようなどとは思わない。
「……だから…」
「そんなことないですよ。」
かごめの言葉をさえぎった弥勒の言葉は、殊更に優しかった。
「…え……」
「犬夜叉は犬夜叉なりに、かごめさまの事を気遣っていると思います」
「そ、それは…」
そうだけど、私だけに向けられるものじゃない。そう言おうとしたが、
「もちろん、犬夜叉は桔梗さまに対しても恋愛感情は持っていますよ。かごめさまに対してと同じように」
かごめの否定は聞かずに、続ける。
「ですが、その奥底に隠れているものは、違うと思います。」
静かに、だがきっぱりと。
「あいつはあれで、元はかなりの荒くれ者でしょう?ま、今でも乱暴なのはほとんど変わりませんが…それでも、今のように人間に対して思いやりを持てるようになったのは。あれはかごめさまのおかげだと思います」
今目の前にそんな今の犬夜叉がいるかのように、やんわりと笑む。
「そして、いくらあの単純馬鹿でも、それは自覚してるはずですよ」
「……。」
「犬夜叉にとって、桔梗さまは自分に対して初めて“半妖”という肩書きを越えてくれた人。そして、かごめさまはいつも寄り添い、道をそれかける自分を引き戻し、癒してくれる人。」
ふい、と、突然背中のかごめの方を向く。
「犬夜叉にとって、あなたはあなたで、大切な存在のはずです」
断定的な口調は、しかし、優しい。淋しかった心の内が、なんだか温かくなる。
「……そうかなあ?」
「ええ、きっと。」
その時だった。
「かごめ――っっ!!!」
「へ?」
突如、会話に割って入った声の方へ、顔を向ける。そこには、
「……犬夜叉…。」
「か、かごめっ。無事か!?」
息を切らしつつ言う彼に、二人はただ呆然とし、そして言った。
「…って、いうかさぁ……」
「……犬夜叉…お前、どこの密林に行ってきた?」
犬夜叉の状況は、散々たるものであった。
真紅の衣には蜘蛛の巣がねっとりと絡み付き、銀の髪もまた又然り。白い耳には得体の知れないダニのようなものがくっ付いていて、右足と左手には一匹ずつ毒蛇らしきものが噛み付いている。そして、顔も含めて泥だらけ。まるで、アマゾンのジャングルから奇跡的生還を遂げた直後である。
弥勒は、こちらの道にきて良かった・と心の底から思った。
「あ゙――っ!!怪我してんじゃねえか!!」
「ええ?」
「足!その足!!」
「…あ、これ……。」
すっかり忘れていた。見れば、弥勒の衣から破って巻いた布切れから漏れた血が、わずかにルーズソックスを赤く染めている。
「楓ばばあに見せねェと!」
「いや、別に大したことな……」
かごめの断りも聞かず、ひょいっと抱き上げる。そして、猛然と走り始めた。
「ちょ、ちょっとぉ!犬夜叉!?」
「ばっかやろォ、怪我は早いうちに治すに限るんでぇ!!」
だったら腹に穴が開いても我慢するあんたは何なのよ、と言い返したいところだったが、ふと、弥勒の言葉が蘇った。
(犬夜叉は犬夜叉なりに、かごめさまの事を気遣っていると思います)
……そう…だよ、ね。
抱きかかえられたまま、そっと、遠ざかっていく弥勒のほうを見やる。
弥勒は、微笑みながら笑って小さく手を振っていた。
「…ね、言ったでしょ、かごめさま。」
その呟きは、かごめには聞こえなかったけれど、ひどく優しい。
「…ねえ、森でなんかあったの、かごめちゃん?」
そっと聞いてきた珊瑚に対して、弥勒はのんびりと答えた。
「さあ?」
かごめは、たいそうご機嫌だった。犬夜叉はといえば、かごめを抱きかかえたまま駆け込んだために好奇の目で凝視され、未だに不機嫌である。
「きっと、安心できたんでしょうな」
「はあ?何に?」
「さて…なんだったか。それより珊瑚、おまえ、なんだか羨ましがられていましたよ。」
「あたしが?」
「ええ…」
にやり・と、いたずらっぽく笑う。
「私から一途な愛を受けられて、羨ましい・と」
瞬間、珊瑚の頬には朱が浮かぶ。
「ふざけてると、飛来骨で殴り殺すからね」
「そんな顔を赤く染めたまんまじゃ、あんまり説得力ないんですけど……」
「やかましいっ!!」
はは、と軽く笑いながらも、かごめの言葉は弥勒の頭の中をぐるぐる廻る。
…自分は、そんなに珊瑚だけを見つめていただろうか。
そんなつもりは、毛頭なかった。ただ単に、珊瑚が怪我をしたときのことを軽く話しただけである。そして、怪我をしたその時でさえ、大して特別な感情はなかった――と、思う。
どうだったのだろう。自分には、一人に絞り込むなんて器用な真似は出来ないと思っていたが。
「何、ぼーっとしてんの?」
ひょい、と顔を覗き込んできた珊瑚を、何でもありませんよとごまかした。
この結論が出るのは、まだまだ先のようだ。
-----------------End.
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超初期作品です。なんかもういつどう思いついて書いたか覚えてません(痴呆)
なんでか、かごめと弥勒・犬夜叉と珊瑚・の組み合わせが好きなんですよねー。最近はさっぱり思いつきませんが; どちらもあくまでコンビです。カップルとしてはやっぱりなんとなく受け付けられません(汗) 多分原作がきっぱり犬かごと弥珊だからだと思います。最近は、やおいが駄目なのもその所為だと思えてきました。原作公認程度ならわりと平気なので(笑) だから七人隊の蛇骨が蛮骨とかにべたべたしてもあんまり気にならない。あ、『ALWAYS』にちっとも関係ない(ぉぃ
犬かごも好きなんですよ!ただ書くほどツボに入らないと言うだけで…;
しかしホントに初期だなこの話。弥勒がまだ自覚してないよ(笑) え、今?アッハハハ今なんかアレですよ 色ボケ法師っていうかなんかもう珊瑚ボケ法師ですよね(ぉぃ