誰が為の風なのか 風が為の風なのか











 自由になりたい。
 自由に、空に、風に。
 誰もいなくても、何もなくても、いい。

 飛べるなら、なんでも。






 奈落の結界はとにかく性に合わない。
 黒髪を風になびかせ、神楽は自身の能力により空を滑っていた。

 「あー…たまにはこうして外へ出ねえと、頭ん中まで腐っちまうぜ。」
 結界を一歩出るだけで、空はこんなにも透いていて。
 風は、どこまでも吹き抜けて、そしていつの間にか消える。
「やっぱおんなじ風でも、元が雑魚妖怪じゃあ格も違うよな……。」
 誰にともなく呟いた彼女の瞳は一瞬太陽にきらめき、そしてまぶたによってしばらく塞がれた。




 「殺生丸さまーっ!どーこでーすかぁーっ!!」
細いが良くとおる、幼い声。森の中にこだまして、少しするとまた静寂が戻った。が、すぐに。
「やっと来たか。」
低くて、こちらは少し聞き取りにくい男の声だった。
「あっ見つけた!はい!!お魚捕って、ちゃんと食べました!大丈夫です!」
「捕ったのはわしじゃ…。」
「ああ、そう。そうです。邪見さま、ありがとう!!」
 いたって平穏で、なんのこともないやりとり。そのさまを殺生丸はちらっと横目で見ると、すぐにくるっと森の方へと向き直った。
「行くぞ。りん、邪見。」
「はいっっ!!」


 その金色の瞳は、微かに柔らかな光を帯びて見えた。




 「あっ、蛍!殺生丸さま、蛍です!!ほら、あの草の陰!!」
「……りん、大声をあげるな。」
「え。」
「逃げるだろう。虫が。」
ああそっかと今度は小さくつぶやくように言い、そしてりんは黙った。その後ろで邪見が阿呆、と誰にも聞こえないように小さく言った。誰にも聞こえなかった。


 藍色だった夜の空は一段と深く沈み、限りなく黒に近い蒼になっていた。時折草の間から黄緑色に輝く虫がちらちらと飛び交い、まるで何かの物語の中のようで。
「なかなかに風情のある光景ですなあ、殺生丸さま。」
邪見が感慨深げに話しかけてきたが、何も返事はしない。
 何故だか何も言わなくなった少女の方をふと見やると、いつの間にやらくうくうと寝息を立てて寝入っていた。おまけに、彼のふわふわした「もこもこ」にくるまるようにして眠っている。邪見が気付いたらなんて図々しいガキだとか憤慨しそうだなどと思いつつ、特に悪い気もしなかったので何も言わず放っておいた。草の向こうに流れている小川の水音だけが聞こえるこの夜気は不思議と身に馴染む。
「…私がおかしいのか、この闇が刹那惑わしているだけなのか……。」
 妖怪が惑わされるなどありえないとは思いながらも。
 今の自分はどこかの歯車が外れたままだと、そんな感じがしてならない。
 それとも、これまでの数百年間がズレていたのだろうか。答えなど、見つからない。


 答えの要らないこの静かな旅。要らないから、求めない。



 遠くで微かに木の葉が擦れる音がした。何かがいる、そう思ったが特に気にもならなかったので放っておいて目を閉じた。






 「ほんっと、犬夜叉たちといいあいつらといい、呑気なもんだ……」
 殺生丸たちのいる川辺からかなり離れた木の上で、神楽は呆れ気味にため息をついた。風を軽く操って、自分のいる方が風下になるようにしてある。こちらの臭いがあちらに流れないように、あちらの音がこちらに聞こえるように。
 「殺生丸みたいなのでも、ぬるくなるもんだな……。」
初めて見たときには、ただ冷たく鋭いだけの瞳だった。いや、それともあの時点ですでに緩和は始まっていたのだろうか。
 自分が知る限り、彼の傍らにはすでにあの幼い少女がいた。人間のガキ独特の吐き気がするくらい無垢な瞳で、こちらを見ていた。彼を見ていた。
 あんな目に毎日見つめられるなんて、考えるだけで鬱陶しい。自分ですらそうなのだから、あの殺生丸とて抵抗がないはずがない、そう思っていたがどうやら違っているらしかった。
 きっと、話に聞いている昔の彼なら躊躇わずに切り捨てただろう。人の情も、笑顔も、慕う者も。だが彼は変わった。変わることを、許された。
 誰に許しを請う事もなく、ただ己の意に従って。

「あたしよりか、よっぽど“風”らしいよ……」
 自分には、変わる事も許されていない。
 想う事も笑うことも泣くことも流れることも考えることも何もかも。


 風は、何か障害物があればするりと抜けてそのまま駆けるのに――……





 だから、あたしは何をしてでも風になる。自分で、自分の今在る意思で。誰に向かって吹こうが誰のために吹こうが、誰にも構わせはしない。
 例えそれがまがいものの風でしかないとしても、いつの日かこの真の風になれるなら。



 「…それまでは付き合ってもらうぜ、殺生丸。」


 風は風を呼ぶもんだろ。
 だったらあたしのことも、風吹くその彼方に、呼んでくれよ。



 ほんの少し笑んで、しかしすぐに髪飾りを一つ外し、神楽はそこからふわりと舞い上がって空へと消えた。









                                  ---------------------End.
                                  ------For Yokojo,thank you!!
                           
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