『こわくない』






















 のどかな、秋の日のこと。


 「犬夜叉―――。」
「ああ?」
楓の家の前、すでに葉を散らし始めている木の下に座っていた犬夜叉は、聞き慣れた声で振り向いた。そこにあるのは、退治屋衣装に着替えた仲間の姿。
「…なんだよ、珊瑚。」
「そんな仏頂ヅラすることないだろ?いくらかごめちゃんが居ないからってさ。今日の夕方には帰ってくるって言ってたじゃないか、我慢すれば?」
「そんなんじゃねーよ!!」
明らかに頬を染めながら反論する犬夜叉に、思わず珊瑚は苦笑いする。
「…ま、それはともかくとしてさ。あたし山ひとつ越えた村から退治を頼まれてるんだよねー」
「行きゃいいだろ」
「遠いんだよ」
「雲母を使えばあっという間じゃねえか」
「雲母は怪我してるから、今、寝てるの」
「弥勒からあのタヌキに頼んでもらえば乗せてってくれるんじゃ…」
「あーのーね。法師さまが朝早く隣村にお祓いしに行ったの、もう忘れたの?」
「……。」
「だから、さ。」
犬夜叉は心の中で呟く。――…なんか、もう話の内容見えてきた。
「……なんだよ…」
「背中、貸して?」

……やっぱり。

 犬夜叉は心の中で盛大にため息をついた。そして、
「嫌だ。」
キッパリと、だが顔は背けて言い放つ。さすがに珊瑚もむっとしたようだ。
「なんだよ、あんたなら山一つくらいすぐ越えられるだろ?どーせヒマみたいだし」
「…今晩だけは、駄目だ。」
その時、ようやく珊瑚も気づいた。
「………今晩、朔の日なんだっけ……。」
「……。」
 そうだった。いつも皆忘れがちではあるが、犬夜叉には弱点がある。それは、半妖として避けられないこと――月に一度の、妖力を失う夜。
 その夜が、今日だった。
「ごめん……すっかり忘れてた。それじゃムリだよね」
申し訳なさそうに眉をひそめ、はあ、と息をつく。
「怖いんでしょ?人間の姿でいるの。」
ぴくり、と犬耳が動いたのに、珊瑚は気づかなかった。そのままくるりと犬夜叉に背を向け、歩き出す。
「普通の半妖はみんな恐くて、その夜の間中じーっと巣にこもったりして動かないって話だもんねー、いくら犬夜叉でも動ける訳ないか。」
またも、ぴくぴくと耳が動く。そう、珊瑚は犬夜叉の性格を――単純・短気・負けず嫌いといった、彼という人格の象徴たる性格を、まったく考慮していなかった。
「……怖くなんか、無ェ。」
「え?なんか言った?」
小屋に入りかけていた珊瑚が振り返る。と、犬夜叉はバッと立ち上がってつかつかと歩み寄り、こう言い放った。
「俺が怖いなんて事あるかぁッ、俺は行くっ!!」
「………はあ?」
 怪訝そうに眉をひそめた珊瑚に、さらに怒鳴る。
「だから、連れてってやるっつってんだよ!とっとと行き先言いやがれ!!」
今度は、珊瑚がうろたえる番である。
「なっ、何言ってんの!?あんたは今日は危ないんでしょ、いいよ別にっ!自分で行くから!!」
「なーに言ってやがるんでえ、てめえが自分で遠いって言ったんだろ、人の親切は有難く受け取っとけ!!」
「そ、そりゃそうだけど……やっぱ、朔の日なんだし……」
「夜までに帰りゃあ問題ねえよっ、できるだろ!?」
「……まあ……あんたに乗ってけば……。」
「決まりだ!行くぜ!!」
早くも珊瑚を乗せる準備をした犬夜叉に、珊瑚は目を丸くして困惑するばかりだった。
 まだ一応、日は高い。

























 どんよりと沈み込むような黒をした雨雲が、夕日の紅でうっすら桃色に色付いている。
 犬夜叉は、楓の村から遠く離れた、見知らぬ村の木の上で、いらいらしながらその様を眺めていた。

 ……遅い。

 遅すぎる。珊瑚ほどの使い手ならば、こんなのどかな村に巣食うような妖怪の一匹や二匹、簡単に退治できてしまうのではなかったか。
 なのに、もう夕暮れ時である。おまけに雲行きも怪しい。
「ったく…何やってんだ、珊瑚のやろー。」
不安からくる苛立ちはますます募り、又、その苛立ちで自分が不安なのを意識して自己嫌悪に駆られる――…
 完全なる悪循環。
「…ちくしょう……。」
 思わず舌打ちしたとき、やっと自分を呼ぶ声がした。
「犬夜叉――っ!ごめん、遅くなった!!」
遠くから駆け寄ってくる仲間を、苦々しい思いで見やる。
「……何してたんだよ、てめえ……。」
「だから、ごめんってば。相手が虫で、やたらと数が多くてね。おまけに小さいからなかなか全部は殺れなくて……で、やっと退治できたと思ったら村の人たちに引き止められてさ、断るのにまで時間食っちゃったんだ。」
珊瑚も早めに帰ろうと相当苦労してくれたらしいが、実際にはもうあと一刻(現代時間にして約三十分)と待たずに日が暮れる。
 ……手遅れ、かも。

「……出発するぞ。」
「うん…」
二人の頬を叩き始めた雨で、地面は次第に黒く染まっていった。



























 「…なんなの、この大雨……。」
「ちくしょう、こんな時にッ!!」

 村を発ってからまだ一分も経っていないのに、雨は“バケツをひっくり返したよう”な土砂降りのものへと変わっていた。しかも風は5mある杉をしならせるほどに吹き荒れ、雷鳴はとどろき、完ッ全な「大嵐」となっている。
「犬夜叉、もうすぐ山だけどどうする?妖怪にはちあわせする危険を覚悟の上で山を突っ切るか、多少の回り道になっても安全第一で人の道を通るか……。」
 だが、珊瑚にはもう答えが分かっていた。彼の性格を考えれば。
「…突っ切るッ!!」
やっぱり、ね。
「…分かった、行こう。」
珊瑚の返事を聞くや否や、犬夜叉は自分にできる限りの力で、跳んだ。
 数十メートルを一気に進み、着地した所は、橋の上。かなりの山奥ではあるが、一応人は通る。人々が川を渡れるようにとかけられた物であろう。そして、当然のように犬夜叉は着地すると同時にまた跳んだ。……否、跳ぼうとした。
 みしみしという嫌な音に続いて、木の崩れる大きな破壊音。
「あ゛!?」
「わあっ!!」
嵐による川の増水に耐え切れず、木製の橋はもう脆くなりきっていたらしい。そこに犬夜叉が上空彼方から着地した挙句、再び跳ぼうと蹴ってしまったのだから、崩れるのは当然である。
 泥で茶色く濁った川の水は冷たく、流れは雨で増水、速くなっている。突然の感触に、珊瑚は一瞬状況が掴めなかった。
(は、橋が落ちたって……冗談だろ!?)
現実である。
 ごぼごぼと自分の吐いた息が透明な泡になって水面へと消えていくのが見える。もがいても人間の珊瑚では到底浮き上がることはできず、完全に流れに呑み込まれていた。水は容赦なく体力を奪い取る。遠のきかけた意識の中で、まだ珊瑚は日が暮れてしまうまでに帰らなければと、そればかりを考えていた。
 その時、突然体が浮上した。感覚のなくなりかけていた腕が、わずかに温もりを感じ取る。濁り水で少し先も見えなかったのに、視界に真っ赤な衣が入った。
(……犬、夜叉…?)
あっという間に岸に上げられる。激しく咳き込んで飲んだ水をなるべく吐いてから、わざわざ飛来骨まで取って後から上がってきた犬夜叉を見やった。

 「……時間切れ、か……。」
丸い爪。無い牙と、耳。そして……


 「………ああ。」


 …夕闇に溶け込む、漆黒の、髪。







 「……ここまで、だ………。」
 重く沈んだ空気の中、激しい雨音と雷鳴だけが響く。

 待ち受けているのは、どうしようもない危険と不安だけ、だった。





























 「きゃーっ、酷い雨!もう服、ずぶ濡れ……って、あれ?犬夜叉は?」
やっと模試も終わって帰ってきたかごめは、あるべきはずの少年の姿を探そうと小屋の中を見渡した。当然、そこに求める緋色の衣は見あたらない。
「あ……ああ。おかえりなさい、かごめさま。」
迎えたのは黒衣と紫の袈裟姿。しかも、なぜかいつもと違って落ち着きが無さげである。
 「ねえ、犬夜叉はどうしたの?それに珊瑚ちゃんもいないみた………」
かごめの言葉が終わらないうちに、子狐の涙混じりの叫びが小屋の中を響き渡った。
「二人して山向こうに行ったきり、帰ってこんのじゃ――ッ!今夜は朔の日じゃというのに――ッ!!」
「えええええええっ!?」
 今度は、かごめが叫ぶ番だった。
































 「良かった、これで山ん中を妖怪どもと不眠不休の退治旅ってことはなさそうだね。」
薄暗い小屋の中、濡れた髪からぎゅっと水を絞って、珊瑚が言った。
 川を流されたとはいえ、人里からは遠く離れている。楓の村までもまだまだ遠い。下手をすれば山の中で餌にありつこうと襲いかかってくる雑魚妖怪相手に一晩中戦い続ける・なんてとんでもないことにもなりかねなかったのだ。が、幸い、時おり使われているらしい物置のような小屋が見つかったため、今こうしてのんびりと言葉を交わしているというわけである。
 「でもここ、ただの道具小屋だね。いろりもないし、これじゃ火ぃおこせな……、ちょっと。いつまで黙りこんでんのさ?」
珊瑚の言葉にも反応せず、犬夜叉はただただ目の前の闇を睨んでいた。ふうとため息。
「…そう深刻に考えること無いよ、ここにいりゃ妖怪に襲われる可能性も大分減るし、いざとなりゃあたしが守ってやるって。」
「いらねー」
即答してきた犬夜叉を、じろりと冷たく見る。
 ……なーんでこうも可愛げがないんだか。
 少々毒づいたが、すぐにまあいいか・と気を取り直す。正確には、考え続けるのもアホらしいので投げた・という方が良いと思う。
 「別にいいよ、一晩中空気と睨めっこしてたいって言うんなら。あたしは寝とくからね。」
へっ、勝手にしやがれ、と吐き捨てた犬夜叉だったが、次の瞬間凍り付いた。
「へっ……?」
肩にかかる軽い圧迫感。首筋をくすぐる濡れた黒髪。自分のそれではない、温もり。

 珊瑚が、もたれかかってきている。

「ささささ珊瑚っ!ななな何考えてんだよ、てめェはっ!!?」
顔を真っ赤にしながら飛び退いた犬夜叉に向かって、珊瑚は平然と言い返す。
「だって、寒くない?濡れてるし、ここ干し草もなんにもないし」
風邪引いたら余計危なくなるだろ、とまで付け加えられては、犬夜叉もぐっと詰まるしかない。
 一方の珊瑚は、犬夜叉が嫌がっている理由を勝手に解釈し始めている。
「ま、そりゃ犬夜叉だってイヤかぁ。かごめちゃんの方がよかったよね。いい匂いするんだろ?人間のあたしだってそう思うもんなー…あたしなんか血の臭いぐらいしかしないだろうし」
「……。」
 確かに、当たっている。かごめのほうが、なんだか甘くて優しい不思議な匂いがして、ほっとする。
 でも、珊瑚から血の臭いしかしないというのは、間違いだ。
 血の臭いが始終漂っているのは本当なのだが、彼女は、土の匂いや草木の香り、生きた人間独特の生活の匂い……そういったものの全部混じった、甘くはないが温かい感じのする匂いが、いつもしている。
 だから、嫌いじゃなかった。なのに思わず飛び退き、今もじっと珊瑚を睨みす据えているのは嫌いだからじゃなくて、決して嫌いだからなんかじゃなくて――…女に触れられるのに、未だ慣れていないだけだ。
 「……いっ、嫌じゃねえ……よ。」
ぼそり・呟いてからそっと珊瑚の方を伺ってみる。濡れた髪からぽたぽたと雫が垂れ、いつもよりも妖麗な感じがして、また顔が火照ってきた。慌てて目をそらすが、珊瑚が犬夜叉の呟きを聞き逃すはずもなく。
「なんだ、イヤじゃないんだったら別にいいだろ。とりあえず今は少しでも体力を消耗しないようにしとかなきゃ」
「………。」

 結局の所、今晩も眠れないことに変わりはなさそうだった。



























 「どこいるんだろ……こんな嵐なのに………。」
必死で雲母の背に掴まりながら、かごめは下を見下ろした。
 大分回復してきた雲母に乗り、二人を捜し始めてからすでに五時間弱。風のますます強まる中、それでも諦められずに捜していた。
「よりにもよって朔の日とは…全く、おとなしくしてりゃ良かったのに」
弥勒も、苛立ちは隠せない。
「二人とも、妖怪に襲われたりはしとらんじゃろか……。」
「……。」

 だれもが、不安だった。勿論、あの二人の強さと異常なタフさは知っている。腹に穴が空いていても痛がりもせずにヤキモチを焼く半妖と、体中に傷を負って一度は息絶えながらも土の中から這い出てきた、まるで不死身の退治屋だ。

 だけど、今夜は特別。おまけにこの大嵐……。かごめは、祈った。

「お願いよ、神さま……」



 ……無事でいて………!





 きゅっと両目をつむり、前に乗っている弥勒に、強く強くしがみついた。






























 静かだった。
 暗い小屋の中、響いているのは雨と風の音だけ。珊瑚も犬夜叉も黙り込んだままだ。珊瑚にいたっては本当に目を閉じ、規則正しい寝息をたてている。
 が、犬夜叉は違う。肩に感じる少女の重みに頬を少し染めながら、両目をらんらんと光らせていた。
(ったく、人の気も知らねェで…呑気に寝やがってこの野郎)
そういや、隣にかごめのいねえ朔の夜は、久し振りか。ぼんやりとそんなことを考えていると、なんだかかごめが懐かしくなってきた。

 …今……どうしてんだろ……。

 どうしてるも何も必死の思いで彼を捜しているのであるが、そんなこととは露知らず。
 笑顔を思い出してはとくんと胸を鳴らせていた。
 「……怖い?」
突然降ってきた声に、思わずびくんと震えてしまった。見れば、珊瑚が丸く見開いた目でこちらをじっと見つめている。わたわたと必死で思考回路をめぐらせ、言葉を探す。
「……こっ、怖いわけ、ねーだろっ!!」
結局言葉を捜した意味も見当たらないような単純な言葉が出たが、珊瑚は特に茶化すことも無くじっと見つめて真面目に言う。
「嘘。心臓の音、速いじゃない。」
まさかそんなものを読まれていたとは。
 実際には恐怖心はなぜか薄れていたのだが、いろんな思考による動揺を完全に取り違えられてしまったのだろう。
 まさかかごめの事を思い浮かべていましたなどとは口が裂けてもいえず、慌てて言い訳を考える。だが、そんなものを犬夜叉が思いつけるはずもなかった。
「……そっ、それは、お前がもたれかかってるせいだろが。」
しっかりと真実を一部白状している。やっぱり女にもたれられるのは気恥ずかしい。そんな複雑な思いの詰まった言葉に、珊瑚は一瞬きょとんとして、それから思いっきり呆れたように眉をひそめ小首を傾げた。
「……はァ?…いいよ、今さら女扱いなんかしてくれなくても。気持ち悪いし」
「…あのなあ……」
犬夜叉の肩に頭を預けたまま再び下を向いた珊瑚に言い返そうとした犬夜叉だったが、その時、追うようにして発せられた珊瑚の声に遮られた。
「……そう。怖くない、か。あたしは怖かったけどね」
「は?」
何を言い出されたのか、わからなかった。
「夜は、怖かった。あの時みたいに暗くて、静かで、冷たくて。」
「……ああ」
 やっと、分かった。何を言いたいのか、が。
 珊瑚は続ける。
「あんたは、もっと怖いはずだろ?あたしはいつもより弱くなる訳じゃない。でも、あんたは弱くなってしまう」
 何よりも暗く、周りの見えない、夜に。
「……でもさあ。」
再び上げられた珊瑚の顔は、笑んでいた。声音も、少し明るい。

「………こうしてると、ちょっと怖くないよね?」
「……」
ぱち、と瞬きをして、じっと珊瑚を見てみる。にこりと彼女は笑った。
 その笑顔が言っている気がした。





 一人じゃない。
 一人じゃなくて、良かった。











 「………そう、かもな。」
ぷいと顔は背けたけれど、心からそう呟く。

 恐怖心はもう消えた。

 雨音が、少し弱くなってきている。

































 どれほど時間が経ったのか、分からない。あれから全く会話はしていなかった。
 そろそろ、夜明けのはず……そう思った時、外で何かの気配が、した。
 ぱちっと珊瑚も目を開ける。無言のうちに、二人は各々の武器を手に取った。
「………。」
「………。」

 からりと、戸が、開いた。

 瞬時に抜かれた脇差しと鉄砕牙が交差して、ぴたりと相手の胸に突きつけられる。と。
「ち、ちょっと待てッ、お前たちは私を殺す気かっ!?」
「あ゛!?」
「ほっ、法師さま……?」
今にも突き刺さりそうな二本の刀に、弥勒は両手を小さく上げて「降参」の形を取っていた。思わず、珊瑚と犬夜叉も気が抜ける。すぐに刀を降ろした。
 「…なんでここにいるんだよ、法師さま?」
「なん……、あのねえ、私はお前たちの身を案じて……」
「犬夜叉ぁっ!!」
珊瑚と話し始めた弥勒を押しのけて、かごめが飛び出してくる。うわっ・と犬夜叉が素で驚きの声をあげる。
「かっ、かご………」
「バカっ!」
犬夜叉がまともな単語を言い終える前に、かごめは抱きついていた。
「バカバカバカバカッッッ!!!なんでこんな時に勝手に遠くへ行ったりしたのよっ、人の気も知らないでぇっ!!」
ぽろぽろと涙をこぼしながら怒鳴るかごめに、犬夜叉はまごつくしかない。
「なっ……お、俺はっ………」
「心配したんだからっ!風邪引いて弱っちゃって妖怪に食べられたりしたらもう終わりなんだからっ、お終いなんだからねっ!?」
ここまで凄まじい剣幕で言い募ってはいるが、抱きつかれている犬夜叉の方はもうほとんど思考回路がショートしており、たいした返答は得られない。
 「・・・え…あ、の…ええと?」
「なんとか言いなさいよバカ―ーーっっ!!」
泣きじゃくるかごめの肩をになんとか手を添えたものの、そこからどうして良いか分からずおろおろする。その様子を見ながら、珊瑚は苦い顔をする。
「……ごめん、なんかすごい迷惑かけたみたいだね……。」
かごめの泣きっぷり――…もとい怒りっぷりに、珊瑚は眉をひそめた。
「いや、迷惑なんかじゃないんですけど……」
なんだか照れているかのように頭を掻きながら、もそもそと言う。
「……あんまり心臓に悪いこと、しないでくださいよ。」
「へ?心臓に……なんで?なんで心臓に悪いの?何が?」
きょとんとする珊瑚に、また弥勒はため息をついた。

 外にいるものの気配には敏感だというのに、なんでこういうのにはここまで鈍いんだか。

「だからね、私は……」
「あ。」
「え?」
「夜明けだ……」
 振り返った弥勒が見たものは、山の上に眩しく輝く朝日。
「…ああ……」
「これで、戻れるね。雲母、もうちょっとがんばってくれる?」
任せろとでも言うように唸った猫又に、にっこりと笑って見せた。弥勒も、その顔を見て、結局ほっと息をつき微笑う。
「じゃあ、戻りましょうか。村に。」
「うん。」































 「もう泣くなっつーのに……」
「だって……っ」
まだ泣きじゃくっているかごめに掛ける言葉が見つからず、いつもの無神経な言い方しかできない。
 …涙は苦手だって、言っただろが……。
「ホラ、行くぞっ!!」
仕方なく、少女が乗れるように腰を低くして、背を向ける。
「………。」
「なにやってんだよ、早くしろっ!」
じろりと睨んでみると、意外にも、かごめは笑った。
「…うんっ!!」
ぴょん、と勢いよく飛び乗る。うわっと声を上げた犬夜叉には構わずに、思いっきり首に回した腕に力を入れて抱き締めた。


 捜していた背中が目の前にあって、捜していた声が聞こえて、その顔があって。

 それがなんだか嬉しくて、愛しくて。



 「―――……大好きっ!!」



彼女の言葉を聞いてさらに真っ赤になった犬夜叉に、かごめは満面の笑みを向けてあげた。






























 「ちょっと、なんで法師さまが前に乗るわけ?」
雲母の前方部分に乗った法師に、珊瑚は怪訝そうに訊く。
「いいでしょ、別に。たまには後ろへ乗ってみなさいよ」
「…まあ、いいけど……。」
 なんか企んでるんじゃないかと怪しみながらも、後ろへ乗る。雲母が、空へと舞った。
 と、弥勒が独り言ともとれるようなさりげ気ない言い方で、
「……なんか、いつもの乗り方だと、そのまま抱き締めちゃいそうな気分でして。」
ずる・と珊瑚が少しずり落ちかけた。
「………大丈夫ですか?」
怒りと気恥ずかしさに頬を染めた珊瑚に向かって、あまり表情のない顔を向ける。
「……こっ、こんのスケベ法師っ……」
ぎろっと睨みながら、雲母に乗り直す。むかむかと苛立つ胸中とは反比例してどんどん火照る頬のことは、自覚はしているがこの際気にしたくない。
「今度そーゆー冗談言ったら、ここから蹴落とすからねっ!?」
「イヤ、冗談じゃないつもりなんですけど……」
「冗談じゃなくても困る――っ!!」
 ぎんぎんと目を怒らせ、精一杯睨んでくる珊瑚に、はあ〜っと深く息をついて続けた。ため息に似て、ほうと。
「…だって、そんだけ心配だったんですよ。恋しくて恋しくて、見た途端に抱き締めたい、なんて思っちゃうくらい」
今度こそ顔が火を吹いた。
「………っ、あっそ!」
 なんでコイツはこういう歯の浮くような台詞をさらりと言えるんだ。
 頬を染めたままぷいっと横を向いたものの、知らず知らず視線は法師の背中へと向く。法師は“歯の浮くような台詞”を吐いた時と同じように、前を向いたままだ。
 けれど、いつものへらへらした笑顔とか、妙に真剣で真面目くさった顔よりも、このぼおっとした顔の方が「思わず出た本音」という気がした。

 だから、それが聞けて嬉しかった。

 「……ありがと。」
こてんと背中に額をつけてもたれてみる。考えていた以上に大きかったそれは、…温かい。
「心配してくれて、さ」
短い言葉だったが、彼女にしてはこれ以上ないほどの誉め言葉である。
 「それは、どうも。」
弥勒の声が少し嬉しそうに思えたのは、気のせいだろうか。





























 数分して、かごめと弥勒が同時期に声を上げた。

「あ。」
「あっ。」
「なんだよ?」
「どうしたの?」

 そして、一言。



「忘れてた……。」














 そのころ、ある木の上にて。


 「……うー……はっ!かごめっ!?弥勒っ、雲母ぁっ!?どこに行ったんじゃーっ!」

 途中で寝てしまい、邪魔だからという理由であっさりと雨の当たらない陰部分の枝に置かれたままあっさりと二人に忘れ去られた七宝の姿が森の中にあった。
















                             -----------------------End.
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 「ALWAYS」でも語りましたとおり、メインカプ以外でわりと好きな組み合わせのもう一組・犬珊です。この二人はどちらも片割れにからかわれ振り回されっぱなしな体力派・と結構似たタイプで、書くとさばさばと単純な判断で物事進めてくれるので楽しいです(笑) うん。体力派なのにね…考えるより実行タイプ・なのにね……妙に受けクサいんだよね(笑顔(ぉぃ))

 七宝ちゃんは気の毒なことしましたね。でもどうしても邪魔だったんですよねそれぞれのカップル再会シーンでは(酷ェ) はい、一番邪魔者扱いしてたのは弥勒でもかごめでもなく私です。私ですよ胸張って言いますよ だって普通に邪魔なんだもん!腐女子的には!!(還れ(土に))