遠くから見ても、ちょっと目立つひとだった。

 服装は普通の法師さまと同じだけれど、髪の毛はあるし、耳飾りなんかしてるし。
 何より、あんまり仏さまに仕える人って感じがしなかった。何処かさばさばしてて、淋しそうで、でも眼は死んでいなくて。



 だから、少し…ほんの少しだけ、他の人より興味が湧いたの。

















                 
 『Parody.』
















 「法師さま。」
私が呼びかけると、その人はこちらを見て、他の人にするのと同じように微笑いながら短く返した。
「はい?」
村の子ですか、と聞かれて、そう、と答えた。私はお寺に引き取られた孤児だけど、村人に変わりはない。
「何か、御用ですか?」
優しく聞いてくるその人に、ちょっと乱暴かもしれないけどいちおう私にしてみれば丁寧に、「別になんでも。」と答えてあげた。お堂の縁側に座っている彼の隣に、どっかと腰を下ろす。ちらっと彼を見たけど、相変わらずにこにこしてて、なんだかムカムカしたからすぐ視線を逸らした。




















 「法師さまって、ずっと旅をしているの?」
「ええ。もう何年目になりますかね。」
「ずっと、ずっと?」
「はい。十一になった頃には旅を始めていましたから」
「ひとり?」
「はい……あ。違いますね。いいえ。」
「どっちよ。」
「最初は一人。でも、ちょっと前までは、何人かと一緒だったので。」
言ったときの法師さまの顔が、淋しそうなのか、嬉しそうなのか、ものすごく紛らわしい表情で、私はちょっと顔をしかめた。
 あれ。そういえば…いつの間にか、法師さまのカオ真っ直ぐ見てるなあ、私。
 「なんで今はまた一人なの?」
再び聞くと、今度はきっぱり笑顔と言える表情を作って答えてきた。
 でもね、その微笑い方、村の皆とかに笑いかける時と一緒だったんだ。だから、多分、ほんとの表情じゃないの。
 「その何人かとはね、もともと旅の目的が一致したからとりあえず一緒に行動した方が都合が良くてついていっていただけだったんですよ。でも、その目的を果たしてしまったので、一緒にいる理由もなくなってしまったんです。」
「それで、みんなバラバラ?」
「さあ?私は、一人で勝手に出て来てしまいましたから、他の人たちがどうしたかは知りません」
でも、とその人は続けた。ほんの少し、笑みを消して。
「……一人だけ、知っているひとがいます。」
「ひとりだけ?」
「はい。その人も出て行くつもりだったらしいのですが、偶然、出発が一緒になってしまったんです。」

 だから、そのひとが出て行ったことは知っている。そう言って、彼はまた微笑った。私は、ふうんとつぶやいただけだった。
























 しばらくして、私がまた口を開いた。夕暮れの風は少し寒くて、膝をぎゅっと抱える。
 「もう目的を果たしたのに、なんで法師さまは旅を続けているの?」
彼の答えは簡潔だった。
「探している人がいるからです。」
それが誰なのかは、なんとなく解った。目的を果たした後にどうしたかが、唯一分かっているひと。たぶん、その人が、法師さまの尋ね人。
 「そのひとに、逢いたいの?」
小さい声で聞いてみると、法師さまはほんの一瞬目を閉じ、また開けて、哀しそうに微笑った。夕闇にすら溶け入りそうな声で、答えた。


「……逢いたい、です。」




























 もうずいぶん暗くなったころ、また私から沈黙を破った。
 「私ね、大人とか、仏さまとか、大きらいなの。」
急に言い出したのに、法師さまは他の大人みたいに怪訝な顔をしたりしないで、ただ「なぜ?」と聞いてきた。
 やっぱり変わってる。
 「だって、えらそうな事ばっかり言って、ちっともほんとうのことを教えてくれないんだもの」
「そうですか?」
「うん、そう。」
雰囲気で、なんとなく、今まで似たような大人しか周りにいなかったから聞けなかったことを、思い切って聞いてみることにした。
「ねえ、誰の言うことが一番正しいのかなあ?」
え、と聞き返してきた法師さまに、少し説明補足。
「あのね、例えばね、お坊さまは、仏さまを拝んでさえいれば死んでも極楽浄土へ行けるって言うの。でもさ、前に会った旅の人は、死んだら人はそこで終わりだって、真っ暗になるだけだって言ってたんだ。」
法師さまはただ黙って聞いている。
「そんな風にして、この世にはいっぱいいっぱい変なことがあるの。その変なことは、どっちか片一方だけの立場から見ればどっちも正しく見えて、でもつじつまが合わないんだよ。」
 ねえどうなのと聞くと、また優しく微笑い返された。だめだ、やっぱりこの微笑い方はむかむかする。
「……どちらが正しいか・という疑問はね。答えやすいように見えて、とても難しいことなのですよ。」
「どうして?だって、正しいか間違ってるかの二通りしかないはずなのに」
「それはね、解答が二通りしかなくても、その答えを出す人間の立場がもっともっとたくさんあって、とてもとても複雑だからです。」
 よく分からなくて軽く首をかしげると、法師さまは今度はちょっと可笑しそうに笑った。
「そう、例えば、お前がさっき出した例えを使ってみましょう。お坊さまは仏に仕えることを誓った身です。なぜ誓ったのか、そう聞かれれば恐らくお坊さまは何かしらややこしいことを言うでしょうが、実際には単純。お坊様自身がそう信じていたいから。」
そうなの?と聞くと、法師さまはやっぱり微笑んで、でも小さく付け加えた。私は単に法力が便利だったからってだけで、信じても誓ってもいませんけどね、と。
「で、ですね。誓ったからには信じなければいけません。何故なら、誓ったことの意味がなくなるからです。でも旅人はそうじゃないでしょう?誓っていないし、旅をしているなら色んな苦労や現実の話も聞いていることだろうし。だから、死んだ後の極楽浄土など信じずにいる。ね、立場が違う。」
 じゃあ、村の皆はなんで信じているのと聞くと、それはまた一人一人違う立場で変わっているでしょうし、とかわされた。なんだか曖昧な論理だ。

 でも、だからこそ信じられる気がした。

 「じゃあ私、法師さまの言う事が一番ただしいって事にするよ。」
「いやー、やめといたほうがいいですよ。今わたしの言ったことだって、また別の人から見れば間違っていると言われかねないんですから」
ふぅんあっそ、でも私はとりあえず信じとく・と言うと、法師さまは“苦笑い”って感じの笑い方を、初めてした。
「だって、他の人たちの言うことはみんな片一方からの意見でしかなかったんだもの。法師さまの言ってることを信じることにすれば、どっちかに決めなくてもすむでしょ?」
 わたし、どっちでもない方がいいよ。そんな私の言葉のひとつひとつ、法師さまはなぜかひどく楽しそうに聞いていた。



























 「ねえ法師さま。」
「なんですか?」
お坊さまが夕飯だと呼びに来てくれて、でもそれをもう少し後で・と断ってからずいぶん経っていた。 もう空は真っ暗で、ちらちらと星が見える。今夜は朔の日だから、星の光もよく映える。
 「探している人って、さ。その、法師さまと出発が重なったっていう人?」
「…はい。」
「逢いたいんでしょう?」
「はい。」
「じゃあさ。なんで、出発するときに、一緒に行こうって誘うとか止めるとかしなかったの?」
ただ純粋に知ってみたいと思っただけだったけれど、法師さまは天を仰いだまま答えてくれた。
「…止められませんよ。その人には、新しい目的があって、私にも別の新しい目的があって、お互いそれを果たさなければ前へ進めないんですから。」

 それから法師さまは、最初に逢いたいかと聞いた時と同じように眼を閉じ、そして今度はしばらく開けなかった。































 別れのとき、誰にも聞こえないように、こっそりと聞いた。
「あのね、最後の質問。」
「なんでしょう?」
「どうして、私にあんなにたくさん話してくれたの?」
だって、一度も会ったことのない、ただの村の子供なのに。今更だけど、ふっと浮かんだ素朴な疑問だ。
 そしたら、法師さまはふっと笑んだ。

「……似ていたからです。」

 え、と思わず声を上げると同時に、ふわりと頬に温もりを感じた。見れば、私のこめかみの髪の毛をかきあげるように法師さまの手が添えられている。紫色の手甲がすこし目に鮮やかだった。
「お前は、私の探している人に、よく似ている。」
その気の強そうな瞳とか、少しぶっきらぼうな喋り方とか、腰で結った髪の毛とか。法師さまの並べる条件はありふれているように思えたけど、どうやら彼にとっては違うらしかった。
「……見つかると、いいね。」
「はい。でもね。」
 かがんでいた法師はすっと立ち、最初に見た笑顔と同じ優しい笑顔のままで言った。
「一応、約束はしてあるんです。」

 一年後、御神木のところへ、と。

「じゃあ逢えるんじゃないの?探さなくても。」
「いいえ。すたすた行ってしまうその人の背中に、私が勝手に言っただけなんです。だから来てくれるかどうか分からない」
ふうん、と気のない相づちをした。興味なさそうですね、と言われた。当たり前だ、私には関係ない。

 逢ってくれれば嬉しい気はするけれど。



 「それでは。またいつか。」
「うん。」

そのまま、そのひとは行ってしまった。私もそれっきり思い出さなかった。
































 でもこのあいだ、またそのひとを見たんだ。前に会ってからもう半年くらい経っていたのに、やっぱりちょっと目立つ人で、あんまり法師っぽくなくて。

 だけどね、今度は一人じゃなかったの。
 隣に、綺麗な女の人がいた。私と同じように腰の辺りで髪の毛を結っていて、ちょっと気が強そうで。
 法師さまは、なんだかすごく優しげだった。前のときより、数倍。隣の女の人は肩の猫みたいなのとか横に連れた少し年下っぽい男の子とかにときどき話しかけたりしていたけど、それでも法師さまの言葉で笑ったりした。たまに頬を真っ赤に染めてたけど、その理由はちょっと分からない。

 ああ、逢えたんだ。そう思うとなぜか嬉しかった。







 でもやっぱり私には関係のない話だ。

 法師さまやその隣りの女の人にはきっと大事な話。でも私にはただの物語に近い、嘘みたいな話。








 ただ、なんだか嬉しかったんだ。
 それだけは、言えること。












                               --------------------End.
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 一時期ハマっていた超個人的趣味で捏造した最終回妄想(注※予想ではありません、有り得ないことを承知で勝手に「こうなったら面白いなあ」とか思って考えただけの日朝の妄想です(ぇ))設定に基づいた小説第一弾。…だっけ?(ぉぃ

 奈落倒して、すぐには弥勒と珊瑚がくっつかない方が良いなあとか思ってたんですよ。この頃は今よりも甘々とかエロに免疫なかったから(そんな理由か(だって新婚生活って・・・結構生々しいじゃないですか;;))風穴も少しずつ消えるとかで、琥珀は多分元に戻ったけど行方が分からない・って感じで。
 それでこれは二人が一時的にそれぞれ一人旅してる頃のお話。「わたし」はどっかのお寺に引き取られてる孤児の女の子です。珊瑚が十歳前後くらいに縮んだ姿を想像していただければ多分その子です(ぇぇぇ)


 個人的にはお気に入り。この頃から、ちょっとずつ私の文章ってものが固まってきたかなあと思います。あの…なんか味気なくて、台詞運びより独白による心情描写の方に力が入ってきてる辺りが(微妙)