どんな時にも、放さずにいよう。
 この胸の、十字にも似た、鋭い刃を。
















                 
『すすきのうた』


















 風が、微かに鳴いている。
 否、今の彼女にとっては、「泣いている」ように聞こえなくもない。

 ――今日で、十日目。

 「…初七日さえ、供養してあげられなかったね」
夜の闇の中、あのかごめという少女が供えた花だけが、白く清らかに浮かび上がっている。だが、その白ささえ、何処か哀しげに見えた。
 「なんか、夢、見てるみたい、だよ。」
 そう、全ては夢のようなこと。
 ほんの十日前に、笑いながら、「いってきます」と別れた仲間達。今度薬草取りに行かなくちゃいけないねと、のんびり話し合った仲間たち。里はいつでも、誰かが隣にいてくれる、暖かい場所だった。
 だが、今は無残な廃墟と化している。
 血の通った人間のいたはずのところに、簡単な墓だけが累々と築かれて。いつも、優しい里の者が居た小屋も家も、全てがぼろぼろに崩れ果てて。

 「―――……ごめん、ね。」

口惜しかったろう。
辛かったろう。
無念だったろう。
痛かったろう。

 ……言葉は、尽きない。

「珊瑚。」
名前を呼ばれて、一瞬身体が震えた。気配を感じ取れなかった。…少し、情けないという思いが胸を掠める。
「……法師さま。」
名前、なんだっけ。などと頭の隅で思いながら、とりあえず無難な「法師さま」で呼ぶ。
「まだ、あんまり動かないほうがいいんじゃないですか?昼間、洞窟まで行ったんですから、少し休まないと……」
「……。」
あまり、答えたくはなかった。一人でいたい。一人で、ただ――…
「珊瑚。」
再び呼ばれて、ふと顔を上げる。
 何時の間にか法師の顔が目の前にあって、反射的に身を引いた。頬が少し、熱を帯びる。慣れないその熱さは、今の自分の心を支配する冷たさとは余りに不釣り合いだと思った。
「なっ、なっ、なっ……」
じりじりと後ろに引いていく珊瑚に対して、なぜだか法師の表情は重い。
「……お前……」
「な、何…」
「泣いてましたか?」
へ、と、思いっきり間の抜けた返事をしてしまってから、慌てて頬を手の甲で拭ってみる。微かに、濡れていた。
 一体いつの間にこんなものを流していたんだろう。
 多分、里の皆を思い浮かべている時だったと思う。しかしそれにしても、この暗闇の中で微かな涙の跡を見つけるなんて、この法師、…目ざとい。
 「……別にっ。誰だって、たまには泣くもんだろ。」
素早く、横を向いて顔を逸らす。里の者以外とこんな至近距離で二人だけなんて、珊瑚にとっては初めてだった。……心臓に、悪すぎる。
「…ま、確かに、親しい人の墓を目の前にして涙しないほうが、変ですけど。」
じり、と詰め寄られて、思わず体が硬くなる。
 法師の性癖のことは、この頃の珊瑚はまだ知らなかった。だが、それでも、珊瑚の本能が何か危険信号を発していた。危ないぞ。早く、逃げておけ・と。
 だけど、動くことが、出来なかった。
 法師の目が、あまりに静かだったから。どこまでも暗いのに、どこまでも優しくて、温かかったから。

 そして、どこか痛々しかった、から。


 「……月は、好きですか?」
「……は?」
もう、息がかかりそうなくらいに、顔と顔が近い。そんな状況なのに、法師の紡いだ言葉は、何かその場にはふさわしくないくらいのんびりしていた。
「あ、あの、そんなことより、もうちょっと離れてく……」
「私はね、結構好きなほうなんですよ。」
にっこりと笑うその顔は、穏やかだった。それでも、背後に漂う何か暗いものは隠せずにいたが。
「一日、一日、少しずつ。ほんの少しずつ、満ちたり、欠けたり。欠けているときでさえ優しくて、まんまるい時なんか、本当に暖かい」
ふっ、と空を見やった。思わず珊瑚もつられて空を見る。
 そこには、丸く、優しく、微かにぼやけた、望月。
「……月、出てたんだったっけ。」
自分でも、間の抜けた返事だと感じた。こんな事にさえ、気づかなかったなんて。
「ほら、やっぱり、気にも留めてなかった。」
にやっと笑った法師を、少し睨んだ。が、別に大して恨めしく思ったわけでもない。
 ……綺麗だと、思った。それは、心から、思えたこと。
 でも。
「…きれい、だけど……ちょっと、違う。」
掠れた言葉に、法師の視線が珊瑚へ移る。
「……それはまた、どうして」
落ち着いた声音は、あたかも、喋って御覧なさいとでも言っているかのようだった。
 言の葉は、途切れ途切れに、流れ出す。
「……月は、優しい。久しぶりに感じた気はするけど、確かにそうだと、思う。…知ってたよ、そんなこと。……だけどね…違うんだ。今のあたしには、月より闇の方が合ってる気が、する。」
 きり、と背中の斬り傷が痛んだ気がした。まだまだ、傷は新しい。
「優しすぎるよ。これから歩くあたしの道には、きっと、優しすぎる。」
噛み締めるように呟いた言葉は、口から出た瞬間から自分を締め付けた。
 自分がこれから、歩む道。きっと、人としての一線を踏み外すことすら、いとわない道。
 そこに、月の光は、似合わない。光は、とてもとても、清いものだから。
「あたしはもう、こんなだから――…たぶん一生、憎悪と復讐に縛られるから」
もう、断ち切れない。そして放せない。―――放さない。
「…絶対に、嫌なんだ。嫌だし、出来ない。再び、あの月みたいに清らかで、きれいな道を、歩くなんて。」
 許せない。許さない。許すものか。大事なものを全部奪っておいて、その上利用しようとするなんて。
 仲間の首の飛ぶ音が、父の胸に鎖鎌が食い込む音が、自分の背中を鎖鎌が引き裂く音が、琥珀の最期の言葉が……耳に、こびりついている。


――……姉上、怖いよ。
――…大丈夫。あたしが、ついてる。


 自分のかけた言葉は、あの子に聞こえていたのだろうか。
 それはもう、誰にも分からないことだけど…どうしても、思ってしまう。何かどうにもならないもので、胸がいっぱいになってしまう。
 こんな自分に、月は要らない。闇と、触れるもの全て抉り取る、鋭い刃があればいい。
「……珊瑚」
また、名前を呼ばれた。自然とうつ伏せていた視線を、少し上げる。
「…何?」
「お前、まだ、私達のこと、他人としか見ていないでしょう」
突然繰り出された問いに、僅かに目を丸くする。だが、すぐにまた鋭く尖らせた。
「……当たり前、だろ。」
当然じゃないか。例え目指すものが同じでも、所詮は他人。新しく知り合ったこの珍妙な一行をそれ以上に想う気など、毛頭無かった。
 それに反し、弥勒はゆっくりと、視線をしっかり絡ませて言葉をつぐ。
「違いますよ。」
違うんだ。
「違います。」
他人じゃ、無い。
「私達は、剣の横でただ揺れているだけの飾りでも、剣を使う者でも、ありません。」
そんなのじゃ、ない。
「時には同じ剣になり、時には支える台となる。そして…時には鞘となって諌め、護る者、です。」
思った以上に真鬱な響きで、だがよく意味が掴めなくて、珊瑚は眉をしかめた。
「……わかんないよ。」
「解りますよ。」
即答だった。


分かるはず。この俺にさえ、解ったのだから。


「いつかきっと、解ります。」
お前ほど純粋で、きれいな人間なら、必ず解る。
「解るから……。」
だから、その時まで。
「…今はただ、月を眺めていましょうよ」
優しすぎても、清らかすぎても、今、暫くは。
「私たちと一緒に、ね。」

 一緒に、月を見ていよう。

 例え、闇に魅入られていても、…この光の下で、歩いてみたいから。









 「……ねえ、珊瑚。」
「ん?」
「出逢ったばかりの頃に二人で月見をしたこと、覚えてます?」
法師の隣にいることがすっかり当たり前となってしまった少女は、ああ、と声をあげた。
「うん。翠子の洞窟に行った日だよね」
弥勒も、こくん・と頷いた。もう、あれから既に幾月かが経っている。
「ちょうど、今宵と同じですな。望月です。」
「ほんとだ」
土手に揃って座っていた二人からは、よく見えた。あの夜のように、白くてまるい月。
 「で、そろそろ解りました?あの時の、私の言った意味」
うーん、と少し考える素振りをしてから、小さく言った。
「……ほんのちょっと、解った気がする。」
そうですか、と笑いかけると、珊瑚の頬が少し染まった。この辺りは、出逢った頃とまったく変わらない。
「かごめさま達も、楽しんでいるようですよ」
土手の下では、かごめと、犬夜叉と、七宝が、のんびりと会話を交わしながら月を眺めているらしい。時折、かわいらしい笑い声が聞こえる。
 「……ね、法師さま。」
「はい?」
「私、やっぱり、月の方が好きかもしれない。」
きゅ・と弥勒の袈裟を握り、僅かに頬を染めながら、呟いた。


 胸の十字を、剣を、放したわけではないけれど。

 だけど、月の光を求めていたい。そんな気が、した。


 「……じゃあ、それでいいじゃないですか。」
そおっと、少女の肩に手を添える。振り払われはしなかった。
 肩に感じる、少女の頭の微かな重みは、温かく、心地よい。
 肩を、包むように抱いてくれている手が、暖かくて、心地いい。

 このまま。ただ無言で、夜が明けるまで――…月を、見ていたい。
 そう、思った。


















 ――どんな時にも、この剣は放さない。


 ――だけど、歩く道は、月の下のほうがいい。









 誰かと一緒に、誰かの温もりを感じて、歩きたいんだ。






















                         -----------------------------End.
--------------------------------------------------------------------

 うわぁ恥ずかしっ;; もう青くて青くて青臭くて…(何)これもすごい初期です。もしかしたら…いや、もしかしなくてもオンでは一番最初の小説。企画「月慕情」さまへ寄せさせて頂きました。もう閉鎖されてしまいましたが「紫月堂」さまの大ファンだったので…もう好きと尊敬がこうじて勢いで参加させて頂いたよーなもんです(迷惑)
 今思うと…よく送ったなぁこんなもん・と……; でも思ってたよりは酷くありませんでした。実は読み返す勇気が出なくてコレ一年以上ぶりに読んだんです(ぉぃ)

 まぁ結局これも大事な子ども(ぇ)ですから、愛着ありますv 古いの消すっつってたけど、やっぱり消さないって決めて良かったなぁ……ご意見下さった方、ありがとうございました(笑