『よかった。』 ---2.













 「――あれ?」

きょろ・と弥勒が周りを見渡す。どうしたの弥勒さま・と問われ、不思議そうに首をかしげながら、
「珊瑚が居ません」
言った。七宝もきょとんと目を丸くする。
「まだ川のとこにおるんかのう?」
「んだよ、面倒くせーな。もう“水神さま”は封印してやったろーが、とっとと村に戻ろうぜ。俺は寝る」
「殺しちゃ駄目とは確かに面倒でしたけどね。…何かあったかな」
あの珊瑚がこちらの静まった気配に気付かないとも思えない。また何か見つけたのか、それとも?

若干の、胸騒ぎがした。

 「犬夜叉、珊瑚の場所は分かるか?」
「馬鹿言え、この雨じゃすぐそこのお前の匂いもわかんねーよ」
「雲母は?…駄目か」
ふるふると首を横に振った雲母に、ふうと息をつく。それから、
「珊瑚のことだし、居るとしても同じ場所に留まってると考えた方が良いな。迎えに行きますか」
 さすがにまだそれほどの危機感は覚えていない声で、言った。

































 水に入った瞬間、五感の全てを流れに奪われた。濁った茶色が視界を塞いで、慌てて瞼を下ろすと当然闇だ。耳まで泥水に浸りごぼごぼというこもった音しか聞こえない。水の冷たさが皮膚の触覚を麻痺させる。そして何より、当たり前だが呼吸が出来なかった。
 泥水が生臭いだの鼻が痛いだの言える次元ではない。何段階か一気に飛ばして、すうっと意識の遠のく瞬間を感じた。それでいて気を失ったわけではない。覚醒している。だが、…周りから、音が消えた。




 ああ、あたしはここで死ぬんだろうか。



 死ぬだろう。流れの凄まじさは上から充分見ている。

 死ぬ。あたしは、ここで、死ぬ













……“よかった”。









 今度こそ本当に意識の飛ぶ寸前、彼女はそう呟いた。





















……、“よかった”?














 誰かが、訊き返した。




































 「……」
片膝をつき、少し触って、地面の痕を調べる。
 痕は川岸まで続いていた。川の流れは未だ激しい。雨も。
 「犬夜叉!何かあったか?」
「いや。これだけ」
言って、草むらから何か大きなものを引きずり出し、投げ出す。飛来骨だった。
「これ、誰かが後で隠したんだぜ。わざわざ茂みの“下”に、木の葉かけてあった」
「…そうか……」
「のう、弥勒…」
七宝が泣き出しそうな顔で訊く。
「…珊瑚、…川に落ちてしもうたのか?」
「……、…さぁ……」
呟くように答えた。沈黙が降りる。雨は、五月蝿かった。

 竜と飛来骨がなぎ倒したらしい大量の木。増水して濁流と化した川。そこに続く何かを引きずったような地面の跡と、まるで遺留品みたいに茂みからぽんと出てきた飛来骨。



 少しの沈黙の後。
 ぎり・と下唇を噛んで、

「――っ!」

だん・と思いっきり地面に拳を叩きつけた。泥が飛んで、傷ついた皮膚から少し血が滲む。











 どうして、俺は、…彼女から目を離したんだろう。














                                ------------To Be Continued.