『よかった。』 ---3.
ふ・と、少女の目が開いた。虚ろな瞳がゆっくりと室内を見渡す。あまり綺麗とは言えないが一応片付いた、小さな家であることが見て取れた。
「あ、気が付いた」
外から入ってきた少女は、目を覚ました少女に気付くと嬉しそうに笑って、それから、「あんた川に流されてきたんだよ」と言った。そばに腰を下ろし、水の入った桶を置く。
「…かわ?」
「うん。岸に流れ着いてるの、あたしが拾ったの。…あんた、名前は?変な服着てたけど、どうして川に入ったの?」
「……? …わかんない。」
「わかんない?…何言ってんの?」
「名前、…わかんない。……あたし、どこの人だろう。」
「あたしに聞いてどうすんの!……」
少女は困惑したような顔をしていた。名前が解らないと言う少女も、困惑した顔をしている。少し沈黙が降りて、名前の解らない少女が口を開いた。
「あなた、誰?」
「ん?…あたし……そうだなぁ、“すえ”・で良いや」
「すえ?…で、いいや?」
「うん、すえ。ねえ、あんた名前の他もなんにもわかんない?」
「……」
少し逡巡する。
「うん、なんにも。」
「そっか。…じゃ、暫くここでゆっくりしよ。その内何か思い出すかもしれないし、…今はあんまり動けないと思うよ」
「…、そっか」
わりと傷だらけな自分の体を見て、納得したように小さく頷く。返事を訊くと、すえはにっこり笑った。
「ねえ、何か名前が無くちゃ不便だね」
「そうかな」
「そうだよ、だって呼べないもの。…何が良い?」
「…んー?」
「なーんかはっきりしないなぁ、もう。じゃあ勝手に決めちゃうよ。…えー…あ、“クロ”にしよう」
「くろ?」
「あんた、流れてきた時、服も髪も真っ黒だったの。だからクロ!」
お世辞にもネーミングセンスが良いとは言えない彼女の提案に、しかし少女は特に何も考えない様子で頷いた。どうやらなんでも良いらしい。普通の人なら犬猫じゃあるまいし・とつっこむところだったろう。
「あなたは、すえさん。わたしは、くろ。」
「うんそうそう!でも“さん”は照れ臭いからやめてね、同じくらいの歳だし…じゃ、クロちゃん、もうちょっと寝てて。今ご飯作るから」
笑うすえの顔は人好きのする顔だった。クロという名前になった少女は、少しだけ楽しそうに笑って、瞼を下ろした。
すでに流れは落ち着いた川の傍に建つ、小さな家での話だ。
------------To Be Continued.