『よかった。』 ---5.
「“珊瑚”かー、良い名前だね。やっぱり」
「そりゃ“クロ”よりは……」
「ごめんねぇあたし今まで犬と鳥以外に名前つけたことないからさー」
「だからって“クロ”はないじゃろ…」
「じゃ、これからは“珊瑚ちゃん”かな?えークロちゃんの方が語呂良くない?」
「でも“クロ”はねェだろう…」
「あたしだけクロちゃんじゃ駄目かなぁ」
「“クロ”ってだから人間向けの名前じゃありませんってば…」
一通りツッコミ終えたところで、はあといっせいにため息をつく。すえと珊瑚の二人がきょとんと顔を見合わせた。
「…見つけてみれば記憶喪失だなんて〜」
「踏んだりはったりじゃ」
「“蹴ったり”だろ七宝」
「えー犬夜叉今の知ってたの!?すっごーい、えらいっ」
「かごめてめェ俺のこと思いっきりバカにしてんだろ!」
「あはははは面白いー珊瑚ちゃんの仲間!でも旅してたなんて吃驚したー、妙に力は強いなって思ったけど」
「そりゃ退治屋だもの珊瑚ちゃん」
「たいじや?」
「あ、ま、良いや…それより本当に有難うございます、すえさん。珊瑚ちゃん助けてくれて」
「あー良いよそんなの。こっちのがちょっと申し訳ないくらいで…やっぱり、知り合いだと、辛いでしょう?なんにも覚えてくれてないとか……」
「え……まぁ…」
「……」
気まずげにかごめが後ろへ視線を送る。犬夜叉は面倒臭そうな表情で、七宝は少し困ったような顔。弥勒は、なんとも言えない、真顔のような仏頂面のような……いつも通りの顔をしていた。
珊瑚は、まだすえの隣から動かない。
「…あの……ごめんなさい」
「?何が」
「その、なんにも覚えてなくて……」
「あ、そんなの良いよ良いよ!大丈夫、きっとそのうちちょっとずつ思い出すから!」
とりあえず何か下手なテレビドラマ辺りで見たように慰めてみるが、大して効果があるようにも思えなかった。何より、……実際問題、険が無くて困ったような珊瑚の瞳の真っ直ぐな視線が、無性に哀しかったのだ。
「ねえ、弥勒さま」
「はい?」
井戸の前。とりあえず何も覚えていない珊瑚が自分たちに慣れるまでの間居座らせてもらおうと言うことで、何か手伝うことは無いかと訊ねた結果水汲みを頼まれた弥勒とかごめがそこにいた。そして、かごめは至極真面目な顔で問う。
「…大丈夫?」
苦笑と一緒に答えが返ってきた。
「…正直、胸を張って大丈夫・とは言える気がしませんね」
「やっぱりねぇ……」
はぁぁと長いため息をついたかごめに、くすっと微笑って、
「でも、まぁ初めに戻ったと思えば。」
「え?」
きょとんと目を丸くして訊き返したかごめに、微笑ったまま続ける。
「考えてみれば、ここ一、二ヶ月が異常でしたし…」
「……異常?」
「おかしかったんですよ。ほんとは。元々、切ろうと思えば切れるくらいに留めて、いつかもし珊瑚にもっと明日を好くことだって出来るような誰かが現れたならその時には笑って手を振れるくらいに、…留めるつもり、だったんだ。最近が、色々と、おかしかったんです」
だからそれだけ。戻った。それだけ。
「なら何も嘆くことは無いでしょう。私が何に文句を言うことがありますか。だか…」
弥勒の言葉は続かなかった。ごがん・と凄まじい音がして、…かごめは手に桶を握っていた。弥勒は後頭部を抑えてしゃがみこみ、呻いている。
「…ってぇー……」
「まーた馬鹿なこと考えてるっ!“おかしかった”なんてそんなはずないでしょバカっ!!」
「ばっ…」
「よっく考えてみなさいよ。…それでも珊瑚ちゃんとこにどっかの馬の骨が寄ってきた時、」
「馬って……」
「その時、笑って手を振れるなんて言うんだったら、振れば良いわ。振れるもんなら振ってみなさい!」
「……はぁ。」
「…出来るわけないんだからっ」
叫ぶように言い捨てて、かごめは何故か走り去ってしまった。ぽかんとしてその背中を見送る。
「…水汲み……」
言いかけたが、やめた。ふっと笑みを零す。
「……出来るわけ…ない、…か。」
ぺたんと地面に腰を下ろした。空を見上げる。
「かも、しれませんねぇ。」
存外呑気に、呟いた。
自分は何も変わらない。彼女は変わっても、自分に変化は何一つ無い。
なのにどうして、“初め”になんて戻れるだろう。
------------To Be Continued.