『よかった。』 ---9.














 「あんたのせいだ。あんたがいるから、あの子、死にたいまではいかないけど、死んでも良いかもしれないぐらいは思うんだよ」
目を丸くした弥勒に被せるように、けたけた笑いながら続ける。
「あの子、あんたが好きだよ。あんた知ってるよね?で、あんたもあの子好きでしょう。あの子も知ってる。そのことの意味も良く解ってる。あの子はそういう子だ。あんたもね」


 だから大事なんでしょう?


「でも、だから尚更辛いんだよ、きっと」
「……」
「何が…なんて、言わなくてもあんたは一番分かってるのかな」
にたりと笑う。だんだん、表情がどこか人外のものの雰囲気を帯びてきている。
「気休めでも、大丈夫だよ・なんて言えないくらい、あんたあの子より先に死ぬ確率高いんだもんね」
「……。」
 知らないうちに、下唇を噛んでいた。
「自分が死ぬより、大事な人に先に死なれるほうがずっと辛い」


あの子は誰よりそれを知ってるでしょう


「解る?解るかな?だから“良かった”なんだよ。悔いは多分あったでしょう。未練が無かったわけじゃないでしょう。だけどそれ以上にね、きっとあの子、あんたが“いつか”なんて遠い未来じゃなくもっと近いうちに死ぬかもしれないことが怖かったんだ。“また”置いて逝かれることの方が怖かったんだ。…解るかな、法師様?」
「……、解るさ」
「本当に?本当に解っ…」
「この穴と十八年ずっと付き合ってきたのは他の誰でも無い、俺だ」
じゃり・と微かに数珠が鳴る。
「その事の重さぐらい知ってるさ。珊瑚が、置いていかれるのを何より怖がっていることも」
 ふと、彼女の声が蘇る。

 『置いていくぐらいならここであたしも一緒に死ぬ』

ああそうだ、彼女は決して俺を置いていきはしない。だけど、俺には彼女を置いていかない保証は無い。


 だけど、ああだけど。


「…だから、って…」
ぎゅうと胸元で拳を握り締めて。
「だからって、冗談じゃねェぞ!」
「え」
弥勒の動きにすえが反応する間もなく、彼女の周りをばちばちと耳障りな音を立てて電流に似た光が取り巻いた。四角く、方位に沿って――…
 「…結界…」
「違う。門だ」
舌打ちした彼女に簡潔に告げ、手で印を結ぶ。
「本当なら説得で浄霊してやりたい所だがこっちにも都合がある。悪いが消えてもらう」
「除霊するの?」
「似たようなもんだ」
「“門”って言ったね」
「ああ。あの世への直行通路だよ」
「送ってくれるわけ」
「一番手っ取り早いんでね」
「そう」
ふふふと笑う彼女に、少し眉をひそめる。
「抵抗しないのか」
返ってきたのは、また笑い。
「どうして訊くの?」
「珊瑚はそこで無事にいるから。殺したくなるんだろうが」
言われて、思い出したようにふっと後ろを見る。半透明の、白濁した腕に持ち上げられて、水に浸るか浸らないかの位置で珊瑚が目を閉じたまま静かに息をしている。
「…そうだね。そうだったね。でも、本当はもういいんだよ」
再び浮かんだ笑みは、少し哀しそうで、また人間味を帯び始めていた。
「殺したくないから」
「殺したくない?」
「あたし、殺したくなくなっちゃった」
 はぁと息をついて。
「かごめちゃんも。…こんなに長く“人間”でいたの、久しぶりなのよ」
楽しかったの・そう言ってまた微笑する。弥勒は黙って次の言葉を待つ。
 その時、けほっ・と軽く咳き込む声がした。けほん、けほん。そして、微かに呻く声。
「……あ、…法師さ…」
「珊瑚!」
思わず声を上げていた。ああ、意識を取り戻したか。もう大丈夫だという安心が、知らず心の中に広がっている。
 それをぼんやり見つめて、それからぽつりとすえが言った。
「でも、体は勝手に動くんだもんね」
「!」
すう・と右腕が上がって、
「やめっ……」
しゅっ・と真下に下げられた。
 再び白い腕が彼女を水の中へと引き込む。ざぱん・という水音と、ごぼごぼと泡の弾ける音。
「……!」
解きかけていた印をもう一度強く結ぶ。ぱち・と軽く手の周りに光が走った。
「もう消す」
「助けてあげてね」
噛み合わない言葉に、顔を上げる。もう半透明になって半分は人でなくなったすえが、にっこり笑う。
「珊瑚ちゃん。」
「…言われるまでも無い」
低く答えて、短い呪を唱える。光がすえの居た辺りに一瞬集まって、それからぱんと派手に弾けた。あとには、なんにも残らない。
 その空間と僅かにたった土煙をほんの少しだけ見つめて、刹那の瞑目、それから駆け出した。
水の中へと入る。川の水は酷く冷たい。それでも、進むことはやめない。



 例え自分が彼女にとってまだ“よく知らない赤の他人”であったとしても、それでも良いから、彼女には生きていてほしかった。
















                                ------------To Be Continued.